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【新日本プロレス】ヤング・バックスがBullet Clubでの日々を振り返る。「ドクロのロゴを見ると、ぎゅうぎゅう詰めのバスを思い出す」

インタビュー

結成10周年を迎えたBullet Clubには、多くのレスラーたちがメンバーとして活動してきたという歴史があります。

「新日本プロレスに参戦し、日本で試合をする外国人レスラーたちが中心のユニット」という背景から、彼らは異文化の国・日本での日々をともに過ごす時間が長くなり、その分絆が強くなります。ユニットから卒業した今もBullet Clubの絆で繋がっている…そんなレスラーたちが現在のプロレス界を作っているのです。

世界最高峰のタッグチームとして名を知られるAEWのヤング・バックスは、Bullet Clubでの活動を通して知名度をさらに上げ、その後のキャリアの成功につなげました。Sports IllstratedによるBullet Club結成10周年記念特集のインタビューを受けた彼らは、Bullet Clubでの日々を次のように振り返りました。

マット・ジャクソン:俺たちは一緒に働き、バスの中で数え切れないほど一緒に過ごし、その間に数日間家にいるときは、グループチャットで話をするのをやめなかった。今振り返ると、日本に一時的に滞在していた友人たちが人生の一部を共に過ごしていたような感じだよね。俺たちは、楽しみながらお互いをサポートするという共通の目的を持っていた。だからこそ、うまくいったんだよ。

エゴがなく、誰がリーダーか、誰がチャンピオンか、という争いもなかった。観客の前でだけ「俺たちは仲間だ」と振る舞っていたわけじゃなく、実生活でも本物の仲間たちだったんだよ。お互いのために最善を尽くしたいと思っていた。今のプロレスにはない絆と仲間意識が、あの頃のBullet Clubにはあったね。あの頃を懐かしく振り返るばかりだ。あの頃が今の俺を作っているんだからさ。

部屋を出れば、Bullet ClubのTシャツを見なかったり、道行く人から「Too Sweet」されないことなんてなかった。大阪のHard Rock Cafeで、Bullet Clubのメンバー数人と一緒にチキン・テンダーを食べたのを覚えているよ。ちょうど大きなショーを終えたばかりで、自分たちの生活を振り返ってたんだ。俺は、「これはおそらく、俺たちのキャリアの中で最もビッグで、最もクールなことだ」と言った。他のメンバーも同意見だったよ。俺は違っていなかったんだと思う。

Bullet Clubは常に俺の一部だ。あのドクロのロゴを見ると、すぐに東京ドームと高層ビルの海を見下ろす東京ドームホテルにタイムスリップしてしまう。あるいは、カール・アンダーソンが屁をこいたばかりで、みんなが窓を開けようと躍起になっている、ぎゅうぎゅう詰めの熱いバスの中に戻ってきたような気分になる。メンバー全員でスポンサーと一緒に煙で充満したレストランに行って焼肉を食べて、顔が痛くなるほど笑っている・・・あの時間を思い出す。

Bullet Clubが成功したのは、それが友情の物語だったからだよ。誰もが友達と一緒に冒険に出たいと思う。みんな友達と一緒に戦いに行きたい。みんな、友達と一緒に笑いたいんだ。バレットクラブはムーブメントを起こし、革命の火付け役となり、そしてAEWが誕生した。俺は永遠にその恩義を受け継ぐことになるだろう。一生ね。

Bullet Club結成10周年リンク
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(SI)

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