近年のWWEに積極的に参加しているザ・ロック(ドウェイン・ジョンソン)。
2025年もコーディ・ローデスとの抗争に突入し、ジョン・シナのヒールターンにも関与するなど、相変わらず凄まじい存在感を示しています。
Final Bossのキャラクターはベビーフェイスとヒールの垣根を自由に飛び越えます。ファンに対してレッスルマニア42の開催を告げて大歓声を浴びたり、コーディを悪どいやり方で追い込んだり。特殊な存在なのは間違いありません。
Elimination Chamber終了後の記者会見で、彼はFinal Bossがいかに特殊なのかを語りました。
ヒールやベビーフェイスに役割を限定するのは、少し視野が狭いかもしれない。ファイナル・ボスはいろいろなものを持っている。ヒールでもあり、ベビーフェイスでもある。
でも、よくあるプロレスの定型には当てはまらない。「ヒールはこう話す「ベビーフェイスはこう話す」みたいなものじゃない。
今の俺は、Final Bossとしてリングに上がり、「おい、ニューオーリンズ、お前ら2026年のレッスルマニア42がスーパードームに来るぞ!」と話す。すると観客が歌い始める。俺も一緒に歌う。でもすぐに「いや、お前ら黙れ」と言ってやる。俺は、ヒールとベビーフェイスの間を行き来するのが好きなんだ。
俺は今、自分のスタイルにすごく自信を持っている。映画の撮影でも、リング上でも、自分が言いたいことを言う。それが大事なんだ。
そして、プロレスというのはライブマイクがある世界だ。俺たちは、その瞬間に感じたことを言葉にできる。それが最大の贅沢であり、特権だ。
だから、観客と楽しみたいと思えば楽しむし、「黙れ」と言いたければ言う。あるいはチャンピオンに向かって「俺に魂をよこせ」と言うこともできる。それが楽しいし、それができるのがFinal Bossなんだよ。
Final Bossには制約も手錠もない。だからこそ、今夜みたいなリアクションが生まれる。観客はその瞬間を待っていたんだ。そして、トラヴィス・スコット、コーディ・ローデスと共に、一つの体験を作り上げた。最終的に、ローデスの血を王座のベルトに塗り、それで彼を叩きのめした。
俺はこういうスタイルを推奨したい。ロッカールームの選手たち、男女問わず、もしこの「特別な場所」を見つけられたなら、それは本当に貴重なことだ。
「ヒールはこう話す、ベビーフェイスはこう話す」という考え方は、過去には機能していたが、今はもっと枠を広げてもいいんだ。感じたことを、そのまま言葉にしろ。
(Fightful)
あわせて読みたい

