2010年、ROHなどインディシーンで活躍していたタイラー・ブラックはWWEと契約し「セス・ロリンズ」というリングネームを名乗るようになりました。
まずはWWEの下部組織FCWで実力をアピールすることになった彼ですが、当時のFCWの環境は最悪で、「実績のある俺がこんなところに…」と落ち込んだようです。後に盟友となる仲間たちとの出会いもありましたが、やはり環境が良くなかったことはネガティブな記憶として今も残っているのでしょう。
最新のインタビューで、彼は「汚い倉庫」で過ごした当時を振り返って次のように語りました。
2010年にWWEと契約した時、俺はインディー界の頂点にいたんだ。タイラー・ブラックとして、ROH世界王者だった。当時、それはすごいことだったんだよ。「もしインディーから一人スカウトするとしたら、たぶん俺だろうな」って思ってたね。契約書にサインして、「よし、これでメジャーリーグに行くんだ。WWEに行くんだ」って自分に言い聞かせたのを覚えてるよ。
でも、あの倉庫に入った時、自分の目が信じられなかった。ハマースタイン・ボールルームでの試合を捨ててまで選んだのがこれかよ……ってね。インディーでは自分で世界中を飛び回って、スケジュールも自分で組んで、自分のやりたいようにやれていた。稼ぎも良くなり始めていたしな。でも、夢はずっとWWEやレッスルマニアだったんだ。
FCWの倉庫に入った時、これが食物連鎖の頂点だなんて信じられなかったよ。非現実的だった。文字通り、ただの汚くて薄汚れた倉庫で、掃除もされていないシャワーがあっただけだ。とにかく汚くて、サンダルを履いて入らないといけないレベルだったな。本当に酷かったよ。
政治的な観点から言えば、多くのことを学ぶことができたよ。自分自身に自信を持つ方法を学んだんだ。入った時は「メジャーリーグに来たんだから、違うやり方を学ぶことになるぞ」と思っていた。でも実際に行ってみて気づいたのは、その部屋にいる誰よりも俺の方が優れているってことだった。それが自信に繋がったんだ。「なるほど、俺ならリング上でこの人たち全員をリードできるな」ってね。
彼らを引っ張り上げてやれると思ったよ。俺は何をすべきか分かっているけど、彼らはそれを学んでいる最中だったからな。俺はすでにインディーで、ブライアン・ダニエルソン、クラウディオ・カスタニョーリ、クリス・ヒーロー、サモア・ジョーといった連中から学ぶという素晴らしい経験をしていたからね。リストはまだまだ続くよ。AJスタイルズのような経験豊富な連中が俺を可愛がってくれて、彼らとリングに上がることで学んだんだ。
その後FCWに行ったわけだけど、誰もそんな経験を持っていなかった。さっき言ったように、地元のジムから連れてこられたような連中ばかりだったからな。だから俺は何光年も先を行っていたのさ。そこで俺はリードする方法を学び、プロレスの政治がどんなものかを知り、どうやって操作するか……いや、操作は適切な言葉じゃないな。どうやって「ゲーム」をプレイするかを学んだんだ。物事の裏側がどう動いているかをね。
(Fightful)
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