ケニー・オメガやハングマン・アダム・ペイジが「敗れたら二度と世界王座に挑戦できない」という過酷な条件に直面する中、AEWのトニー・カーン社長は、このルールの原点である2019年のコーディ・ローデスVSクリス・ジェリコ戦の舞台裏を明かしました。トニーは、当時コーディ自身がこの条件を強く志願した背景と、それがその後のTNT王座新設へ繋がった歴史を振り返っています。
こうした条件下で行われた試合はジェリコが勝利し、コーディは二度とAEW世界王座に挑戦しないまま2022年に退団しました。そして2026年、The Elite周辺でこの条件が復活。2026年3月のPPV・RevolutionでMJFに敗れ、二度とAEW世界王座へ挑戦できなくなったハングマン・アダム・ペイジに続き、Dynamite最新回でMJFの持つAEW世界王座に挑戦するケニー・オメガは、試合に敗れたら同王座へ二度と挑戦できないという条件を飲みました。
トニーは、最新のインタビューで「コーディが提案した過酷な条件」について振り返っています。
コーディの件については、彼自身のアイデアだったんだ。当時の俺は、いくつか懸念を考えてた。でも本人の意志がかなり固かったから、ああいう形になったんだ。
まあ、なぜ彼がそれを望んだのか理解できたし、大会の予測不能性を高めることにもなるから、俺も賛同したんだ。試合への興味をそそる要素になったし、素晴らしい大会、素晴らしい試合になったと思うよ。
しかし、この試合結果はその後のAEWにおける課題の一つになりました。それを打破する策として生まれたのが、TNT王座の新設です。
ただ、その後の影響で課題が生まれたのは事実だ。その後すぐにパンデミックが起きて……そんな中で、TNT王座のアイデアが浮かんだのさ。初代王者としてテレビ番組でタイトルを防衛していく上で、コーディはTNT王者として最高だったと思う。
打開策として誕生したTNT王座をめぐる争いはAEWのファンを熱狂させ、コーディと故ブロディ・リーのドッグカラーマッチをはじめとする激闘は、初期AEWの黄金期を支えた名勝負として今もファンの記憶に刻まれています。
(Fightful)
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