【WWE】フィン・ベイラーが親友PACを追悼。日本、NXT、別団体でも続いた交流

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フィン・ベイラーが、現地9月27日に亡くなったPACへ別れの言葉を送りました。2人の友情は2002年から現在まで続き、日本やアメリカでも互いを支え合ってきた関係でした。

フィン・ベイラーはPACとの思い出が残る複数の写真をSNSに投稿しました。PACがベイラーの妻や両親と一緒に過ごす姿など、リング上の関係だけではなかったことが伝わる写真も含まれています。

元気でな、相棒。🖤🤍🖤🤍
原文の「Gan canny, mate」は、PACの出身地であるイングランド北東部で使われる言い回しです。「気をつけて」「元気で」といった別れのあいさつに近く、ベイラーはPACの故郷に根付いた言葉で友人を送りました。

 

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日本やアメリカへの移住でも支え合う

2人の関係はキャリアのかなり早い段階から始まっていました。2016年のインタビューで、ベイラーは当時WWEでネヴィルとして活動していたPACとの関係について次のように語っています。

俺とネヴィルは2002年からの友達で、似たような道を歩んできた。支え合うきっかけになったのはケガだけじゃない。日本の道場に適応することも、荷物をまとめてアメリカへ移ることも、WWEで働く環境に慣れることもそうだった。この数年、俺たちは何についてもお互いを頼ってきたんだ。

PACは2004年にイングランドでプロレスラーとしてデビュー。通算4試合目となる2005年2月の試合でベイラー(当時のリングネームは本名のファーガル・デヴィット)とタッグマッチで対戦しています。その後はベイラーが新日本プロレス、PACがDRAGONGATEなどを主戦場とし、それぞれ日本でキャリアを築いていきました。

2012年には新日本のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアで再び対戦し、PACが勝利しています。

NXTで再会。親友同士として大一番を戦う

PACは2012年に、ベイラーも2014年にWWEへ移籍。2人は同じ団体で活動することになりました。2015年のNXT TakeOver: Rivalでは、NXT王座挑戦者決定トーナメントの決勝で直接対決。ベイラーがPACを破り、王座挑戦権を獲得しました。WWE公式もこの試合を「互いを尊敬する2人の友人による勝負」として紹介していました。

WWEとAEWに分かれてからも続いた交流

PACがWWEを退団し、やがてAEWへ移籍した後も友情は途切れませんでした。2021年にCultaholicのインタビューを受けたベイラーは、別々の団体に所属するようになってからも頻繁に連絡を取っていることを明かしています。

俺たちはこの仕事を始めた若い頃から友達なんだ。本当にいろんなことがあったけど、今でもかなり頻繁に連絡を取ってる。彼は素晴らしい仕事をしてるよ。
この前は、我が家で本当にいい夜を過ごした。ビールを何杯か飲みながら、一晩中「ロイ・キーン(元サッカー選手)のベスト集」を見てたんだ。あれは本当に最高の夜だったよ。

2023年にWWEがイギリスでMoney in the Bankを開催した際には、ベイラーがPACと一緒にトレーニングした写真を公開。2024年1月には、妻や両親とPACが一緒に写った写真を「FAMILY」の一言とともに投稿していました。

SNSに投稿した追悼メッセージは短かったものの、ベイラーがPACへ伝えたい言葉はこれを遥かに上回るものでしょう。キャリアの最初期を知っている盟友が、突然この世からいなくなってしまった…。その衝撃は計り知れません。先日のAEW・DynamiteはPAC追悼回でした。ベイラーもきっと見ていたはずです。

(情報源: Finn Bálor / WWE / Cultaholic / Sky Sports / Online World of Wrestling / Wrestling Inc. / ITR Wrestling)

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