【WWE】ブレイク・モンロー(マライア・メイ)がSTARDOMでの武者修行を振り返る。「日本語ができない分、別の方法で表現する腕を磨いた」

WWEインタビュー

ブレイク・モンロー(マライア・メイ)が、現在のキャラクター「The Glamour」を作るうえでSTARDOM参戦が大きな転機になったと振り返りました。日本語でプロモができなかったため、服装や仕草、体の使い方だけで自分を表現する力が磨かれたといいます。

「The Nikki & Brie Show」でニッキー・ベラと対談したモンローは、マライア・メイとして日本で活動した時期について語りました。言葉に頼れない環境だったからこそ、キャラクターを観客へ伝えるための別の方法を身につける必要があったそうです。

私は日本語を話せなかった。フレーズはいくつか覚えたし、最後の試合では実際にプロモも覚えたんだ。YouTubeにあるよ。全部日本語でプロモをやった。何日もかけて覚えたんだ。
でも、日常会話はできなかった。知ってのとおり、特にWWEでは、プロモはどうやって人に好きになってもらうかを左右する一番大きな部分だよね。
レスリングは一つの要素だけど、嫌われるにしても、好かれるにしても、共感してもらうにしても、何かが必要だと思う。日本では言葉でそれができなかったから、体の使い方、服装、すべての仕草からそれを出す方法を学ばなきゃいけなかった。それで本当にキャラクターを100まで引き上げるようになったんだ。

日本を離れた後も、その経験は現在のキャラクターにつながりました。アメリカでは、周囲の選手からカリスマ性を引き出してもらえたことも成長につながったとしています。

それからアメリカに来て試合をするようになって、カリスマ性を持った人たちと一緒に仕事ができたことも本当に幸運だった。それが、自分の中にあるものを引き出す助けになったよ。

モンローは2022年12月にSTARDOMへ初参戦し、白川未奈、ザイヤ・ブルックサイドと共にClub Venusのメンバーとして活動しました。2023年にAEWへ移籍するとトニー・ストームとの素晴らしい抗争でファンを沸かせ、2025年にWWEへ移籍しました。

言葉が通じない環境での武者修行で得るもの

モンローは、日本語を離せないという状況の中でどうやってファンを魅了するかを考えに考えた結果、自身を魅力的に見せる方法を身につけました。現在に至るまでの活躍は、STARDOM時代の試行錯誤がなければあり得なかったかもしれません。

日本人レスラーが海外遠征で多くを学ぶように、若い外国人レスラーにとっても日本は重要な修業の場なのですね。

 

 

(情報源: The Nikki & Brie Show / Wrestling Observer)

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