ニック・ネメス(元WWEドルフ・ジグラー)が、2024年のIWGP GLOBALヘビー級王座戴冠後に計画されていたTNAとのクロスオーバー構想を明かしました。挑戦予定だった棚橋弘至の負傷で初防衛が延期され、ベルトをTNAへ持ち込めないまま王座を失ったことへ落胆を示しています。
ネメスは2024年2月23日開催のThe New Beginningでデビッド・フィンレーを破り、IWGP GLOBALヘビー級王座を獲得しました。翌日には解説席にいた棚橋を指名し、最初の防衛戦で対戦することを提案しましたが、棚橋が足首を負傷したため実現は先送りされました。
TNAで防衛する計画が棚上げに
エラ・ジェイのインタビューでネメスが明かしたところによると、当初は王座をTNAへ持ち込み、新日本プロレスと両団体を行き来しながら防衛する計画があったそうです。しかし、棚橋戦を初防衛として大々的に打ち出したことで、棚橋の復帰を待つ間は別の相手と防衛できなかったと振り返っています。
新日本へ行って棚橋とリングに上がれたのは、本当に最高だった。俺が新日本の王座を持ち、TNAで防衛しながら両団体を行き来して、しばらくいろいろな展開を作るようなクロスオーバーをやる予定だったんだ。たぶん、まだどこにも出ていない、とんでもない話だよ。
王座を獲った試合の翌日、俺はリングへ出て「最初の防衛戦の相手は棚橋、あなたにしたい」と言いたかった。棚橋は解説をしていたから、俺は彼を指さした。あれは最高の瞬間だったよ。観客も大喜びしていて、俺も「これはとんでもなく特別で、すごいものになる」と思った。
ところが、最初の防衛戦は棚橋とやると言ったその夜に、たしか彼が足首を負傷したんだ。翌日、足を引きずりながらやって来て、立つこともできなかった。俺は「大丈夫なのか。どうなっているんだ」と聞いたけど、試合はできなかった。その後、数カ月離脱することになった。
最初の防衛戦の相手をあれだけ大々的に打ち出してしまったから、俺はどこでも王座を防衛できなくなった。TNAにベルトを持っていくことも、両団体を行き来して防衛することもできない。ただバッグの中にしまわれて、コンベンションで掲げるだけだった。
俺は「胸が張り裂けそうだ。何か抜け道はないのか」と聞いた。でも、向こうは「いやいや、心配しなくていい。棚橋が大丈夫になったら試合をやる」と言った。
それから数カ月が過ぎて、一度だけ試合をした。楽しかったよ。そして、その翌日に王座を失った。TNAと新日本にとって、いいクロスオーバーになったかもしれない。俺は王座を防衛し、ベルトを掲げて、両団体を代表するようなことをしたかった。でも、そうはならなかったんだ。
ネメスと棚橋の王座戦は5月3日のレスリングどんたくで実現し、ネメスが初防衛に成功しました。しかし、翌4日にはフィンレーに敗れて王座から陥落。結果として在位中の防衛戦は棚橋戦だけとなり、TNAと新日本プロレスを往復する構想は実現しませんでした。
ネメスが落胆したのは、短期間で王座を失ったことだけではありません。TNAでベルトを掲げ、両団体を代表する役割を担うつもりだったにもかかわらず、王座は大半の期間をバッグの中で過ごすことになったと語っています。
実現しなかった国際的なクロスオーバー
この構想が実現していれば、創設から間もなかったIWGP GLOBALヘビー級王座は、TNAでの防衛を通じて名称どおりの国際的な性格を示せた可能性があります。新日本プロレスとTNAの双方に参戦していたネメスが王者になったことには、単なる王座移動以上の狙いがあったと見ることもできそうです。
一方で、棚橋を最初の挑戦者として公に指名したことが、その後の選択肢を狭めました。ネメスの不満は負傷そのものだけではなく、初防衛の価値を棚橋戦へ集中させた結果、クロスオーバー構想まで止まってしまったことに向けられていると考えられます。
(情報源: Ella Jay interview / Fightful / New Japan Pro-Wrestling)
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