ウィル・オスプレイが2016年にWWEからのオファーを断り新日本プロレスを選んだ理由を明かす「新日本こそ、俺のいたい場所だった」

新日本プロレスWWEAEWインタビュー

ウィル・オスプレイが、WWEのクルーザー級路線が盛り上がっていた時期に同団体のオファーを断り、新日本プロレスのレスラーになる夢を選んでいたことを明かしました。この決断が、その後のキャリアすべてを形づくったといいます。

オスプレイはPodcast番組「Marking Out with MVP」で、2016年に開催されたWWEのクルーザー級トーナメント「Cruiserweight Classic」に誘われたのが、ちょうど新日本から声がかかった時期と重なっていたと明かしました。

二つに集中を分けることはできないと考えた彼にとって、選択は最初から決まっていたようなものでした。当時、目の前にあった三つの道について、こう語ります。

あらゆる選択肢を天秤にかけないといけなかった。当時の俺にはTNAの話もあったけど、これは正直まったく現実的じゃなかった。それから新日本、これは本気で、本気でやりたかった。だって、俺がずっと望んでいたのはそれだけだったからね。そしてもちろん、WWEもあった。

扉を開いたオカダ戦

すべては一つの試合にさかのぼります。オスプレイは2015年6月、 イギリスの団体RevProでオカダ・カズチカと対戦しました。この夜、新日本の主要人物たちが彼の戦いを見つめていたのです。

22歳のとき、イングランドでRevProのリングに上がって、オカダと戦ったんだ…。外道が彼のマネージャーについていて、タイガー服部がスタンドから見て、そしてバックステージでは棚橋弘至が見てくれていたんだ。試合を終えたら…服部さんがやってきて、こう言ったんだ。「なあ、君は…いいね。ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに呼ぶよ」って。当時の俺にとって、あれは本当に信じられない出来事だったよ。

WWEより自分に賭けて

WWEの関心は、その後まもなく寄せられました。Cruiserweight Classicは目玉企画で、飯伏幸太やザック・セイバー・ジュニアらも参加しました。

また、当時はフィン・ベイラー(プリンス・デヴィット)やAJスタイルズ、中邑真輔、カール・アンダーソン、ドク・ギャローズといった顔ぶれが、次々と新日本からWWEへと渡っていました。オスプレイもその魅力は本物だったと認めつつ、あることに気づいていたといいます。

母にこう言ったのを覚えているよ。「WWEに行った選手はみんな、新日本から来た人たちなんだ。新日本を経たからこそ、評価が上がっている」ってね。当時の新日本は、それくらい勢いがあったんだ。

招待を受け入れる代わりに、オスプレイは新日本を驚かせる願い出をします。ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに出るだけでなく、フルタイムで契約してほしいと頼んだのです。

俺はCruiserweight Classicへの誘いを丁重に断った。そして新日本には、スーパージュニアに出るだけじゃなく、もっと深く関わらせてほしいと伝えたんだ。そうしたら、彼らは俺を座らせてこう言った。「WWEもやっていいんだよ。君は縛られているわけじゃない」って。でも俺は答えたんだ。「いや、俺は縛られたいんです。ここが、俺のいたい場所なんです」ってね。

男にしてくれた8年間

この決断は、言葉も通じない国へと彼を飛び込ませることになりました。オスプレイは2016年初めに新日本と契約し、同年4月10日にデビューします。最初の日々の孤独を、彼は率直に振り返りました。

それで契約を交わして、俺は人生の8年間をあの国で過ごしたんだ…。言葉も話せない国で、文字通り一人きりだった。必死にグーグルマップをたどって、一番近いマクドナルドを探していたよ。でも、それこそが俺を一人前の男にしてくれたんだ…。言葉では言い尽くせないけど、俺はあの国が本当に、本当に大好きなんだ。

賭けは報われました。オスプレイはIWGP世界ヘビー級王座、IWGPジュニアヘビー級王座、IWGP US/UK王座、NEVER無差別級王座を戴冠し、新日本を代表する外国人選手へと登りつめます。2024年2月に契約が満了するとAEWへ移籍し、その勝負は今も実を結び続けています。

「新日本を選んだ」意味

注目したいのは、オスプレイが語る決断の核心が、単なる団体選びではなかった点です。彼は、まず自分の力でスターになれる場所として新日本を選びました。言葉も通じない国で一人前になったという述懐は、新日本が持つ「選手を育てる力」への何よりの証言だといえます。

その賭けは、地元開催となる2026年8月のAll InでのAEW世界王座挑戦という形で、最高の果実を実らせようとしています。かつて自分の条件で大舞台に立ちたいと願った青年が、遠回りに見えた道の先で頂点に迫る。日本のファンにとっても、感慨深い物語ではないでしょうか。

(情報源: Marking Out with MVP / SEScoops)

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