WWEにおけるジンダー・マハルのキャリアは、2017年に170日間保持したWWE王座の戴冠期間中にピークを迎えました。
当時の彼は、WWEのインド市場開拓路線などを背景にプッシュを得ていました。NXTから昇格し、WWE最高峰のタイトルを狙っていた中邑真輔らライバルたちにとっての大きな壁として立ちはだかり、中邑、ランディ・オートン、バロン・コービンを相手に防衛に成功。しかし、AJスタイルズに敗れてタイトルを失いました。
最新のインタビューで当時を振り返ったマハルは、メインイベントのプレッシャーがそれまでのキャリアよりも遥かに大きく、ネット上の自分に関するあらゆる意見に対処しなければならなかった……と苦労を語りました。しかし、そうした状況こそが自分の望んでいたことであり、そのために懸命に努力してきたのだ、とも断言しています。
とてもストレスが多かったよ。WWE王者としてあのポジションにいると、ただゴリラ・ポジションにいるだけでも、ものすごくストレスの多い状況なんだ。まさにプレッシャーのるつぼだよ!
彼は2014年にWWEから退団し、2016年に復帰。そして2017年にWWE王座を獲得しました。「WWEはインド市場開拓のために彼を復帰させたのでは」という推測に対し、彼は明確に否定。自身の復帰が長期的なブッキング計画に基づくものではなかったことを説明し、「ロースターの空き枠を埋めるためだけにWWEへ復帰したんだ」と語りました。
俺がWWE王者になるためにWWEへ復帰したというのは、よくある誤解なんだ。ヒース・スレイターと一緒に復帰した日、俺はWWE王者になったあの「マハラジャ」には程遠い状態だった。文字通り、その数ヶ月前にお酒を飲むのをやめて、人生を見つめ直したばかりで、まだ発展途上だったんだ。
適材適所だったんだよ。ルセフが肩のケガで離脱して、ランディ・オートンの相手を務める誰かが必要だったんだ。Backlashが近づくにつれて、ランディからも「本来の計画ではルセフと抗争することになっているから、おそらくこれは1回限りのことだ」と言われていた。俺とランディの対戦は、PPV1回だけの予定だったんだ。
でも、Backlashがさらに近づいてきた時、ビンス(・マクマホン)の中で何かが変わったんだと思う。
彼は、WWE復帰後に自身がどれだけ懸命に働いてきたかをビンスが評価し始めたこと、そしてファンを驚かせるのは常に良いことであるという理由から、WWEの計画が変更されたのだと考えているようです。そして、彼はこれを現在のWWEのブッキングスタイルと対比させ、「王座交代や大舞台での勝利に関しては、現在の方がはるかに『予測可能』になっている」と主張しました。
最後に、彼は「王者としてのメンタリティ」について次のように語りました。
王者になる前に、心の中で王者にならなければならなかったんだ。つまり、メンタルの転換だね。もし俺が3MBの時と同じように、ただ機会を待って傍観しているだけで、大した努力もしていなかったら、WWE王者に近づくことすら絶対に不可能だっただろうな。
(Wrestling Inc)
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