先日、バティスタがWWE世界ヘビー級王者時代にも借金をしていたと明かしたことについて、JBLが「すべて正しい」と証言しました。当時は航空券以外の移動費や宿泊費を選手が負担し、テレビに出演する選手たちも費用を切り詰めて巡業していたと振り返っています。
バティスタは、「Live Fierce」によるインタビューの中で、2000年のWWE入団から数年間は小切手の換金業者から毎週のように300ドルを借り、世界ヘビー級王者になってからも借金やローンを利用していたと明かしました。実際に十分な収入を得られるようになったのは、2005年に入ってからだったとしています。
同じ時代にWWEの巡業へ参加していたJBLは、自身のPodcast番組「Something to Wrestle」でバティスタの証言について問われると、その内容を全面的に支持しました。
年間300日近く働いても、ホテル代は自己負担
JBLによると、自身がWWEで働き始めた1996年の収入は7万6000ドルか7万7000ドル(当時のレートで約840万円)ほどでした。すべてのライブイベントとPPVに出場し、年間250日から300日を巡業に費やしても、その程度の金額だったといいます。
WWEが負担したのは、基本的に開催地までの航空券だけ。一部の大型PPVではホテルが用意されることもありましたが、レンタカーや通常の宿泊費は選手が自分で支払っていたと語っています。
選手たちは費用を抑えるため、複数人でレンタカーとホテルを共有していました。JBLはダッチ・マンテル、トム・プリチャード、グレン・ジェイコブス、アル・スノーらと交代で行動し、1台の車に4人で乗っていたと振り返っています。
テレビのスターとはかけ離れた巡業生活
当時の選手たちは、テレビでは有名選手として扱われていても、巡業先では安価なホテルの一室を4人で共有していました。ベッドを分解し、マットレスや土台を使って4人分の寝床を作ったこともあったといいます。
長年の巡業で、JBLはアメリカン航空だけでも約640万マイルを利用し、デルタ航空でも100万マイルに達したとしています。マイラーにとっては憧れる数字ですが、何度も同じ都市を訪れるうちに、飛行機へ乗ることや移動そのものが苦痛になった…とJBLは語っています。
それでもJBLは、自分たちが選んだ仕事への不満を訴えているわけではないと強調しました。その道を目指して巡業へ参加した一方で、華やかなイメージとは違い、厳しい労働と経済的な苦労が伴っていたと振り返っています。
華やかさの裏にあった過酷さ
バティスタとJBLの証言が示しているのは、王座やテレビ出演が直ちに経済的な安定へつながるわけではなかった当時のWWEです。収入額だけを見れば高く感じられても、年間300日近い巡業でレンタカーやホテルを負担すれば、手元に残る金額は大きく減ります。
特に、世界ヘビー級王者になったバティスタさえ短期融資を利用していたという話は、画面上の格と実際の待遇との隔たりを象徴しています。成功するまでの下積みだけではなく、成功が見え始めた段階でも生活が苦しかったのですね…。
(情報源: Live Fierce / Something to Wrestle / WrestlingNews.co)
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