2026年春にWWEから退団したジェフ・コブ(JCマテオ)が、WWE時代の苦労を語りました。リングネームがJCマテオに変更されたことへの戸惑いや、試合とプロモの機会を増やしてほしいと働きかけていたことも振り返っています。個性を見せられなければ「ただのボディーガード2号」になると危機感を抱いていました。
実況で紹介された翌週にJCマテオへ改名
コブは2025年のBacklashでWWEに初登場し、ジェイコブ・ファトゥのUS王座防衛を手助けしました。このとき実況のマイケル・コールが彼を「ジェフ・コブ」として紹介したため、コブはWWEでもジェフ・コブとして活動するものだと受け止めていました。
しかし、翌週のSmackDownではリングネームがJCマテオに変更される形で、ソロ・シコア率いる新たなBloodlineへ加入。ユニットは後にMFTと呼ばれるようになりました。コブはデニース・サルセドのインタビューで、突然の改名を理解できなかったと語っています。
マイケル・コールがそう呼んでいたので、ジェフ・コブとしてやるんだと思っていたんだ。「世界中に聞こえるようにジェフ・コブと呼んだのに、翌週になって何の脈絡もなく名前が変わったら、少し変じゃないか」と。理解できなかったね。
WWEがすべてを管理したいのは分かる。「ジェフ・コブ」という俺の名前を使ってもらって構わないし、まったく気にしないよ。むしろ、使ってほしかった。本当に頑張って提案したんだけどね。
Backlashまでの1週間は、「俺の名前はジェフ。コブがお前をぶっ倒す」という決め台詞を使おうとしてたんだけど、採用してもらえなかった。それは理解できるよ。ただ、実況でジェフ・コブと言ったのに、翌週にはまったく違う名前になった理由は理解できないね。まあ、もうどうでもいいけどさ。
もっと試合とマイクの機会を求めていた
コブが約1年間のWWE在籍中に出場したテレビマッチは19試合でした。当初は求められた役割を受け入れていましたが、在籍後半には試合や発言の機会を増やしてほしいと働きかけていたといいます。
もっとできたかと聞かれれば、できただろうね。もっとやることを与えてもらえたかと聞かれれば、それもYesだ。同時に、「与えられた時間を最大限に生かせ」という考えもあるし、俺はそうしようとしていたんだよ。
最初の数ヶ月は、「はい、望まれることは何でもやります」という姿勢だった。でも、最後の数ヶ月になると、「もっとやりたい。もっと話せますか」と聞くようになっていたよ。
自分の個性を見せられなければ、ただのボディーガード2号だ。もっといろんなことをやりたかったし、もっと試合がしたかった。
だって、WWEは俺のレスリングを見て契約したんじゃないのか?新日本では、キャラクターを見せる演出や予告映像をそれほど多くはない。「レスリングスキルを評価して契約したのなら、試合をさせてほしい。Main Eventに出してほしい。ダークマッチに出してほしい」と伝えたけど、返事は「様子を見よう」でした。
現在、コブはフリーエージェントです。WWEでの活動は1年に満たず、試合で評価を得てきた自身の持ち味を十分に示せないまま退団する形になりました。
Wrestling-NOW.netの見解
改名への違和感と出場機会への不満は、別々の問題に見えて共通点があります。コブが新日本プロレスなどで築いた「ジェフ・コブ」という名前とレスラーとしての評価に対し、WWEで与えられたのはJCマテオという新しい名前と、MFTの用心棒に近い役割でした。
コブ自身も、与えられた役割を拒否したわけではありません。それでも個性を見せるマイクや、実力を発揮できる試合を求め続けていました。19試合というテレビマッチ数と本人の発言を合わせると、WWEがコブの強みを生かす方向を最後まで定められなかったことが、短期在籍に終わった大きな要因だったと考えられます。

(情報源: Instinct Culture / Fightful)
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