AEWのトップスターとして活躍するウィル・オスプレイが、2021年のIWGP世界ヘビー級王座戴冠を振り返りました。長年の夢を叶えた一方で、コロナ禍の制限で声援も祝勝会もなく、「望んでいた形ではなかった」と複雑な思いを明かしています。
オスプレイは2021年のSakura Genesisで飯伏幸太を破り、IWGP世界ヘビー級王座を初めて獲得しました。これはオスプレイが新日本プロレスの頂点へ到達した一戦でしたが、当時は観客数や声援、営業時間などに厳しい制限が設けられていました。
オスプレイはPodcast番組「Marking Out」で、当時は日本で生活しながら試合を続け、身体もかなり消耗していたと回想しました。また、観客は会場に入れても収容人数の半分までで、声を出さず、マスク姿で拍手を送っていた……という状況の過酷さにも触れています。
あの王座を獲得できたのは素晴らしかった。でも、コロナ禍だったんだ。日本にいた俺たちの誰にとっても、あの時期はよくなかった。俺は当時、日本で暮らしていた。身体はかなりボロボロだったし、いろいろな制限もあった。
飲食店は午後8時になると全部閉まっていた。観客を入れることはできても、会場は半分までで、声を出すことは禁止されていた。みんなマスクを着けて、拍手をしていたんだ。
オスプレイは、新日本から「飯伏の持つ王座へ挑戦するプラン」を伝えられた際には、近くのトイレでうれし涙を流したことを明かしています。長年の夢が実現すると知り、王座を獲得した瞬間に観客からどのような大歓声が起きるのかまで想像していたといいます。
しかし、実際のSakura Genesisでは観客が驚きを表すことすら難しい状況でした。試合後に仲間たちと外へ出て祝うこともできず、オスプレイが思い描いていた王座戴冠とは大きく異なる結末になりました。
フィニッシャーを決めて、ワン、ツー、スリーとなった瞬間を覚えている。観客は「えっ?」という感じだった。驚いていたけど、すぐにまた感情を抑えたんだ。
試合後に外へ出て祝うことも許されなかった。ああいう試合をした後なら、仲間を集めて外へ出て、思いきり飲んで酔いつぶれるものだろ。でも、実際は「お疲れ。また来週」だった。
オスプレイは王座ベルトの写真を父親へ送りましたが、その時にも自分が望んでいた戴冠とは違うと感じていました。王者になった喜びを、仲間たちと分かち合う時間が欠けていたからです。
父親にベルトの写真を送った。それから、「これは俺が望んでいたものとはまったく違う」と思ったんだ。仲間たちと一緒に喜ぶ、あの感覚が欲しかった。本当に最悪だったよ。
オスプレイの王座在位は46日間でした。2021年5月に首の負傷によってIWGP世界ヘビー級王座を返上し、最初の王座戴冠は短期間で終わっています。
静寂の中にあったオスプレイの全盛期
王座戴冠や負傷には悔いが残ったものの、オスプレイは2019年から2024年までを自身のキャリアで最も優れた時期だったと考えています。身体に痛みがなく、試合内容にも絶対的な自信を持っていた一方で、その一部が観客が声援を送れない環境で行われたことへの無念さも語っています。
胸を張って言うよ。2019年から2024年まで、あの時期は誰も俺に敵わなかった。すべてがかみ合っていた。
今でも「まだやれる」と言ってくれる人がいるのはわかっている。でも、あの頃は本当に絶好調だった。身体も痛くなかったし、すべてがうまくいっていた。
そして、俺のプロレス人生で最高だった時期は、静寂の中にあったんだ。
オスプレイは2024年に新日本を退団し、AEWへ移籍しました。現在は、現地8月30日開催のAll Inでケニー・オメガの持つAEW世界王座へ挑戦することが決まっており、地元イギリスで再び団体の頂点を目指しています。
コロナ禍による最大の被害者の1人
オスプレイが2021年の戴冠に物足りなさを感じたのは、王座の価値が低かったからではありません。夢の中にあった歓声や仲間との祝福が現実にはなく、世界王者になった瞬間と、世界王者になった実感が一致しなかったのでしょう。
全盛期の一部を静寂の中で過ごした事への無念さを勝たむだ彼が、All Inで大観衆の反応を受けながら頂点へ立てるのか?今夏のAEWの最大にもどころの一つになりそうです。
(情報源: Marking Out with MVP & Dwayne Swayze / Wrestling Inc)
あわせて読みたい









