元NWA世界ヘビー級王者で、日本でもザ・ファンクスとして絶大な人気を誇ったドリー・ファンク・ジュニアが、85歳で亡くなりました。妻のマーティによると、ホスピスケアを受けるなかで息を引き取ったということです。
訃報は、カリフラワー・アレイ・クラブ会長のブライアン・ブレアらが現地8月4日に発表しました。地元紙Ocala Gazetteに対し、マーティは、ドリーがホスピスケアを受けるなかで亡くなったと明かしています。
WWE is saddened to learn that Dory Funk Jr., a WWE Hall of Famer and influential wrestling trainer, has passed away.https://t.co/blBWolhKMf pic.twitter.com/lK9DCwwnFi
— WWE (@WWE) August 4, 2026
ドリーはプロレスラーだった父の後を追い、弟のテリー・ファンクとともにプロレス界入りしました。兄弟はいずれもNWA世界ヘビー級王座を獲得し、米国だけでなく日本でもシングル、タッグの双方で大きな足跡を残しています。
プロレス業界全体から彼の死を悼む声が上がっています。WWEのチーフ・コンテンツ・オフィサーを務めるHHHは、北米とアジアをまたいだキャリアと、後進の育成に尽くした功績を振り返っています。
妥協を許さない、激しい闘志を持つ選手だった。彼の無骨なリングスタイルを上回るほど印象的だったのが、愛した四角いリングで戦う選手たちを育てるために費やした数十年だよ。
レスリング・オブザーバーのデイブ・メルツァーは、ドリーがNWA世界王者だった1969年から1973年を「完璧な王者」と評価し、日本で築いた地位にも触れました。
彼は日本で伝説になった。1983年にはカロライナ地区で伝説的な1年をブッキングし、彼が発展に力を貸した全日本プロレスをはじめ、ほかの多くの地域でもブッキングに携わった。
ルー・テーズが広めた、試合にリアリティと説得力をもたらすドリーのリングスタイルは、後年になると流行から外れたが、日本では象徴的な存在であり続けた。
(情報源: Brian Blair / Paul Levesque / Dave Meltzer / Ocala Gazette / Wrestling Observer)
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