マット・ハーディーが、ローマン・レインズがWWEからトップ選手として売り出された当初、その役割への準備が十分ではなかったとの見方を示しました。一方、現在はBloodlineとOTCという本人に合ったキャラクターを見つけたことが成功につながったと評価しています。
2010年代にThe Shieldのメンバーとして大ブレイクしたレインズ。しかし、当時のWWE最高責任者ビンス・マクマホンがレインズを強引にトップ選手として起用した結果、一部のファンから反発を受けることになり、彼は常に賛否両論の的になっていました。
マットはPodcast番組「The Extreme Life of Matt Hardy」でレインズのキャリアを振り返り、2015年から2016年ごろにWWEが求めていたトップ選手としての役割に、当時のレインズが対応できる状態だったのかを問われました。
結果的に、レインズはWWEのトップへ到達しました。しかし、マットはそこまでの過程で本人に与えられたクリエイティブにも問題があったと指摘しています。特にシリアスなメインイベント選手として売り出している人物に、キャラクターと噛み合わない内容をやらせていたと考えています。
マットが問題視したのは、レインズに求めるべき役割と実際に与えられた内容の食い違いでした。トップ選手として説得力を持たせるのであれば、コミカルな部分を担わせる必要はなかったとしています。
Bloodlineで「本人に合ったものを見つけた」
転機になったとマットが考えているのが、2020年以降のトライバル・チーフとしてのレインズです。Bloodlineを率い、「Acknowledge Me(俺を承認しろ)」を掲げる現在につながるキャラクターは、本人が心から信じられるものになったと評価しました。
マット自身も、Broken Matt Hardyを演じた際には同じ感覚があったと振り返っています。また、レインズとポール・ヘイマンの相性も、現在のキャラクターに自然さを生んだ要因だとしました。
ペンタ戦に見る現在のローマン・レインズ
マットは、現在のレインズがどこまで変化したのかを示す試合として、9月14日のRAWメキシコシティ大会で行われたペンタとの世界ヘビー級王座戦にも言及しました。
メキシコ出身のペンタにとって地元での大一番となり、レインズは敵役の立場で試合を展開。ペンタはスプリングボード式メキシカン・デストロイヤーなどで王者を追い込みましたが、最後はレインズがスピアーを決めて王座を防衛しました。RAWがメキシコシティで開催されたのは15年ぶりでした。
マットは、敗れたペンタがこの試合で失ったものより、得たもののほうが大きかったと評価。弟ジェフ・ハーディーが2002年にアンダーテイカーとのラダーマッチに敗れながら評価を大きく高めたケースと重ねました。
(情報源: The Extreme Life of Matt Hardy / WWE)








