【新日本プロレス】カール・フレドリックスが新日本退団の決定打を語る「G1落選で、終わりだと理解した」

新日本プロレスインタビュー

カール・フレドリックス(エディ・ソープ)が、新日本プロレス退団の決定打は2022年のG1 CLIMAX不選出だったと明かしました。以前の契約延長時にはG1出場を見据えた説明を受けていましたが、史上最大規模へ拡大された大会にも選ばれず、退団を決意したと振り返っています。

最新のインタビューで、フレドリックスは新日本から退団した2022年当時の心境を語りました。より上位の選手と戦う機会を求めるようになっていた中で、ジョシュ・アレクサンダーらとの試合が組まれるようになった一方で、収入面でも厳しい状況が続いていたといいます。

俺にとって決定打になったのは2022年の初めだった。「そろそろちゃんとした相手と試合をさせてくれ」って話をしなきゃいけなくなって、それからは実際にそういう機会をもらえるようになったんだ。ジョシュ・アレクサンダーとかと試合をしたよ。
勝つか負けるかはどうでもよかった。そういう選手たちと戦って、自分も同じレベルでやれると証明したかった。それだけだった。
ちょうど契約の時期だったし、延長には応じたんだけど、金は全然稼げていなかったね。俺はネバダ州のリノに住んでいたんだけど、リノの家賃やネバダの生活費はロサンゼルスとそんなに変わらない。だからギリギリの生活をしていて、それなのにチャンスもあまりもらえていなかった。それでも、たしか8月までだったと思うけど、契約を延長したよ。

契約したときには「ここからいろいろ動かしていく。夏になればまたG1をやるし、本物の観客の前で、本物の興行をやる。日本で結果を出して、そこからまた動かしていこう」と言われた。だから俺もまだやる気だった。よし、やってやろうってね。
たしか5月だったと思うけどホテルの部屋で、長く所属している選手たち、俺が尊敬している人たちや、こういう話をしてきた人たちと一緒にいた。そのうちの1人が俺に「G1出るんだろ。出るに決まってるよな」と言ったんだ。でも、その時点で俺は何も聞かされていなかった。だから、その話し合いにいた人たちに聞いたら、悲しそうな顔をして首を横に振られた。そこで、自分は終わりだと理解したんだ。
その年は史上最大のG1で、10枠くらい増やしていたんだ。本来なら2回目のG1でもおかしくなかったし、少なくとも初出場にはなっているべきだった。アメリカで活動する選手たちも出場が決まっててんだ。

俺は「待ってくれよ。10枠も増やしたのに、この団体のために俺みたいに身を削ってきたわけでもない選手を選ぶのか?そいつが俺より上だなんて言わせない」と思ったし、今でもそう思ってるよ。俺には金がなかった。本当に何もなかったし、貯金できるほど稼げてもいなかった。

LA道場からヤングライオン杯優勝、STRONGの中心選手へ

フレドリックスは2018年に新日本のLA道場へ入り、ヤングライオンとして活動を開始。2019年には海野翔太、成田蓮、クラーク・コナーズ、アレックス・コグリンらが出場したヤングライオン杯を制しました。その後はNJPW STRONGを主戦場とし、2020年のNEW JAPAN CUP USAではKENTA、2021年にはSTRONG無差別級王者トム・ローラー、2022年にはジョシュ・アレクサンダーらとシングルマッチを行っています。

しかし、2022年のG1 CLIMAX32には選出されず、8月1日の契約満了をもって新日本を退団。本人は当時、再契約しないことをSNSで発表しています。

2023年にWWEと契約すると、エディ・ソープとしてNXTで活動。2024年末から2025年初頭にはトリック・ウィリアムズ、オバ・フェミとNXT王座を巡るストーリーもあり、2025年1月にはオバとのNXT王座戦に臨みました。しかし、その後自ら退団を申し入れ、同年5月に退団。カール・フレドリックスとしてインディシーンへ戻っています。

フレドリックスにとってG1不選出が重かったのは、新日本での立場が大きく変わらず、収入面でも苦しい中で契約を延長し、その交渉においてG1を転機として提示されていたことが背景にあります。2022年の退団は、自身の評価と新日本で与えられていた機会との差を埋めるための決断だったのでしょう。

(情報源: Augusta Free Press / Fightful / New Japan Pro-Wrestling / WWE)

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