カール・アンダーソンが、2016年にドク・ギャローズと新日本プロレスを離れた時、「Bullet Clubは終わりだ」と思っていたことを明かしました。しかし残った仲間たちがユニットをさらに躍進させ、さらにAEW誕生にまでつながったことに驚いたそうです。
Podcast番組Talk’n Shopで、2人はBullet Clubの歴代リーダーを振り返りました。2013年にプリンス・デヴィットやカール・アンダーソンらが立ち上げたユニットは、2014年にAJスタイルズを中心とする時代に移り、アメリカでも人気を広げていきました。
2016年に日本を離れた2人「Bullet Clubは終わったと思った」
2016年1月アンダーソン、ギャローズ、そしてAJスタイルズが新日本プロレスから退団し、WWEへ移籍するという噂が報じられました。当時、2人はTNAへの移籍も検討していましたが、最終的にWWE行きを決断。1月4日開催のレッスルキングダムでIWGPタッグ王座を失い、2月20日開催の大会を最後に新日本での活動を終えました。
Bullet Clubの中心メンバーだったAJ、そしてアンギャロの退団は、Bullet Clubにとって大きな痛手になりました。実際、アンギャロは「俺たちの退団で、もうユニットは終わりだ」と思っていたそうです。しかし……。
AJがBullet Clubを追放された直後にケニー・オメガが3代目リーダーに就任し、ユニットは活動を継続しました。その後のケニーは新日本のトップ外国人レスラーとして大活躍し、プロレス界に革命を起こすべく命がけの名勝負をいくつも生み出し、盟友ヤング・バックスもタッグ部門で活躍。彼らを中心とした内部ユニットThe Eliteの人気もうなぎのぼりでした。
一方、The Eliteメンバー以外の活躍も見逃せません。タマ・トンガも離脱を考えた時期があったものの、新日本に残ってユニットを支えました。2019年にThe EliteメンバーがAEW旗揚げのために退団すると、その後はジェイ・ホワイトが中心人物となり、2019年にIWGPヘビー級王座を獲得しました。
コーディ・ローデスのBullet Club時代
この時期のBullet Clubには、後にとてつもない活躍を披露することになる男が在籍していました。2016年にWWEから退団し、Bullet ClubとThe EliteのメンバーになったCody(コーディ・ローデス)です。AEW副社長を経て2022年にWWEへ復帰すると、その後は団体を代表するトップベビーフェイスとして活躍。WWEの顔にふさわしい活躍を披露しています。
アンギャロは、新日本を退団した後のBullet Clubの動向はあまり把握していないようで、コーディがBullet Clubでどんな立場だったのかが曖昧なまま会話を続けました。







