カール・アンダーソンが、Bullet Club結成時に中邑真輔、棚橋弘至、真壁刀義から、初代リーダーになったプリンス・デヴィット(フィン・ベイラー)ではなく自分がリーダーになるよう勧められていたことを明かしました。しかし、アンダーソンは親友デヴィットを支える道を選んだと振り返っています。
Bullet Club誕生の前段階にあったのが、デヴィットのヒール転向です。2013年4月7日開催のINVASION ATTACKでは、新日本のデヴィットがApollo 55のパートナーだった田口隆祐を裏切りました。また、海外遠征から戻ったバッドラック・ファレも、デヴィットの用心棒として加わりました。
続く5月3日開催のレスリングどんたくで、デヴィットとファレが田口らと対戦しました。同大会で棚橋弘至に敗れたアンダーソンは、試合後に棚橋を襲ったデヴィットたちに加勢し、そこにタマ・トンガも合流しました。この4人がBullet Clubの創設メンバーとなり、ジュニアヘビー級のデヴィットが初代リーダーを務めました。
アンダーソンが明かす結成の意図とデヴィットの存在
2026年10月14日公開のPodcast番組Talk’n Shopでは、アンダーソンとドク・ギャローズが2013年の結成を振り返り、デヴィットがリーダーになった経緯や、アンダーソンが複数の選手から「リーダーになれ」と説得されていたことなどについて語りました。
ギャローズは、デヴィットが当時どれほど高く評価されていたかを、WWEを離れた直後の自身の経験から説明しました。
アンダーソン:そう。あいつはプロレスをよく知っている熱心なファンから、ものすごく支持され始めていたんだ。
真壁刀義、中邑真輔、棚橋弘至が「お前がリーダーになれ」
一方、アンダーソンは、結成当時に新日本の有力選手たちから別の役割を期待されていたと明かします。
親友デヴィットを「トップまで押し上げる」道を選んだ
最終的にはデヴィットを支える決断をしたアンダーソンですが、自身がリーダーになりたいという気持ちもあったそうです。
関係者たちがBullet Club結成の経緯を語るのは珍しくありませんが、そのほとんどが非常に興味深いものです。今回アンギャロが語った内容も、当時の新日本の雰囲気やメンバーの友情を物語る貴重なものでした。



(情報源: Talk’n Shop)







